座禅とラーメンと某お茶から導く、本当の問題解決方法。

   

 

おいしいものは、脂肪と糖でできている。
最近このCM、よく目にしませんか?

 

ピザにカレーにラーメンに、おいしい物で大量の脂肪や糖をとっている。
だから一緒に某お茶を飲んで、吸収を阻害しましょうね、
という趣旨のCMなわけですが。

 

みなさん思いません?

その前に食うのやめろよって。

 

体に悪い物ばかりを食べておいて、このお茶でちゃらにしましょうって、
いいんかいそれで!

 

素朴に考えてみて下さい。

一汁三菜、腹八分目の食生活で、某お茶を飲んでいない人と。
ピザやカレーやラーメンを食べまくって、暴飲暴食後某お茶を飲んでいる人と、
どちらが健康的に見えますか?

 

どう考えたって前者だと思います。

 

健康を害する物が、脂肪と糖だけであり、それさえ抑えれば他は何を食べてもいいという物でもないでしょうし、
仮に某お茶の効果が絶大だったと仮定しても、
脂肪と糖の問題を解決しただけでは健康的な食生活とは程遠いわけです。

 

だったら、某お茶に関係なく、前者の食生活を目指すべきでしょう。

 

しかしここで問題になってくるのが、
それができないから困ってるんだよという話です。

 

まぁウルトラC的にそこを一発で解決してしまうような話は自分にはできませんが、
生活の中で感じた事をちょっと書いてみようと思います。

 

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僕はまだまだたまにやる程度なのですが、

就寝前などに家で座禅を組んでみる事があります。

 

座禅を組んでいる時は、同じ姿勢で動かない様に努力するわけですが、

ここで必ずかゆみが襲ってきます。
普段なら気にならない様な些細なかゆみも、
動いちゃだめだ、と思う事で増幅されるのか、我慢できなくなってきます。

 

しかしこのかゆみを我慢する、というのが結構なストレスで、
精神的にきついのです。

 

そして次にやる時も、かゆみを我慢しなければいけないと思うと、
気合を入れて座禅に挑む必要がでてきます。
そうすると、何度かやるうちに座禅自体がもう嫌になってしまうのです。

 

人間にとって何かを我慢するというのは、かなりの疲労が伴う行為です。
疲労の度合いが強くなれば、

必ずどこかでタガが外れてやらなくなってしまうのです。

しかし何回かやっていると、たまにかゆみが気にならなくなる事があります。

この場合、我慢しているわけではなく、気にならないから掻いていない。

というだけなので、あまり疲労せず、割と楽に続ける事ができたりします。

これはラーメンも同じで、頑張って我慢しているうちはなかなか続かず、
そもそも食べたいと思わない、そんな状態になって初めて続ける事ができるのです。

努力というのは闇雲にやる物ではなく、その方向性こそが大切だと思います。
だったら、我慢する、という方向に向けている努力は、
食べたいと思わない自分を作る、

という方向にこそ向けるべきなのではないでしょうか。

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食べたいと思うかどうかは、かなりの部分無意識レベルの思考です。
その為、食べたいと思わない自分を作る、為には、理性の方ではなく、

無意識の方にアプローチしなければなりません。

 

無意識の思考は、文字通り、
普段あまり意識していない様々な物から勝手につくられちゃってます。

 

食事の時に何気なく一番気にしちゃっている事は何なのか(味なのか、バランスなのか、値段なのか)、
夜は何時に寝て、何時に起きるのか、
テレビや雑誌を見ながら何を考えているのか、
友達とどんな話をしているのか、
服はどんな基準で選ぶのか、
朝余裕を持って出かけるのか、ぎりぎりで走っていくのか、
階段でいくかエレベーターでいくか、

 

そうした普段の何気ない思考が、
全部勝手に自分の無意識を作ってくれちゃっています。

 

従って、こうした日常の何気ない思考を変えてゆく、
その積み重ねで無意識を変化させてゆくしかないのです。

 

誘惑に流されずに、事ある事にちょっと立ち止まって、
今本当にすべき事はなんなのか、色んな場面でそれを考える。
そして誘惑によらず、「自分の意志で行動を決める」事。
それによって自分を変えてゆく。
そうする事で、某お茶に頼らない健康的な食生活を手に入れるのです。

 

ただ今度は、それもできないんだよ! となると思います。

 

そんな時は、自分が出来るレベルにまで落としてみます。
もう食事や健康の事なんて関係ありません。
何でもいいから自分が出来るくらいレベルの低い物を見付けて、
そこに努力を向けるのです。

 

我々は仕事や学校で、自分の意志ではない行動をする事に慣れてしまっています。
テレビや雑誌で面白い物を紹介されて、それにつられる事に慣れてしまっています。

 

だったら、例えば、休日に朝目が覚めた瞬間くらい、
今本当に自分がしたい事は何なのかを、考えてみる。
きっとその日の気分で、毎回毎回したい事は微妙に変わるはずです。
カーテンを開けたくなるかもしれない、
トイレに行きたいかもしれない、
顔を洗いたいかもしれない。

その時その瞬間の自分が本当にしたい事を探ってみる。
それが誘惑によらず、

自分の意志で行動を決める練習になってゆくのではないでしょうか。

それを正しく行えば、やった後に後悔する事が分かっている物を選びたくなってしまう率は、減らせると思います。

その時には、きっとラーメンにとどまらず、色々な場面で、
後悔する選択を避けられる様になっている事でしょう。

某お茶に頼らず、健康的な食生活を手にいれようと努力してみる事。
それは人生全体の満足度を上げる事にも、つながってゆくのです。

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そもそも、なぜ人はラーメンを我慢しようと思うのでしょうか、
なぜ某お茶を飲もうと思うのでしょうか、

 

健康でありたいからだと思います。

 

ではなぜ健康でありたいのでしょうか、

 

究極的には、幸せに、満足のいく人生を送りたいからだと思います。

 

だったら、その最終目的に近づいてさえいるのなら、
もはやラーメンにこだわる必要もないのです。

 

もし、やっぱりおいしすぎてラーメンだけはやめられない、となってしまっても。
健康的になろうという努力を、僕が言った様な方法で試みていれば、
ラーメンと全然関係のない部分で、人生の質が向上する可能性を秘めているのです。

 

問題というのは、短絡的に解決を図ろうとして得られる物は極僅かです。
脂肪と糖の問題だけを解決しても、幸せになどなれないのです。

 

もっと根本的な部分を解決しようと努力をすれば、
脂肪と糖の問題が解決できなかったとしても、
別の側面から、最終の目的へと近づいてゆく事ができるのです。

 

常に根っこにアプローチをかける事。
蓋を開けてみれば、

これが一番効率が良い問題解決方法だったりするのかもしれません。

 

なぜなら、どんな時も、本当に解決を図るべきなのは目の前の問題ではなく、
そこからつながる最終目的の方なのですから。

 


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