言葉を挟まなくなる瞬間

      2016/05/27

僕の住む街は、東京の西、奥多摩の山並みが見える、公園と緑が多い住宅街です。都心から離れている為、土地が広々と使われていて、ゆったりとした気分で歩く事ができます。

もっと色んな角度から、この街の景色を見れる様になりたい。そんな事を考えながら、僕は街を歩いていました。でもそう思いながらも、特に何か新しい視点が出てくるわけでもなく、今日も代わり映えのない、いつもの景色が広がっていました。

強すぎず弱すぎずの、心地よい秋の日差しがふりそそぎ、朝の出勤時間帯の慌ただしさもひと段落した、のんびりしたお昼前の街でした。それはきっとものすごくありふれた、どこにでもある景色だと思います。

 

ただただ、街路樹の葉に太陽の光が透けていて、その葉が水の様に透明感のある緑を僕に見せてくれました。それが無性に綺麗で、思わず「あースゲー」って、口から言葉が漏れてしまいました。

 

その時には、
何か新しい角度からこの景色を見なければ、なんて考えていた事は、どこかへ無くなっていました。

 

その後も、雲が綺麗だったり、秋の空気の肌触りみたいな物が心地よかったりで、のんびりと楽しく帰ってくる事ができました。何か新しい角度からこの景色を見てみよう、そう頭の中で言葉にしながら、意識して歩いていた時とは、違った街の景色が見えた様に思いました。

 

物事って、考える(頭の中で言語化している)、
と感じる(頭の中で言語化していない)、

 

があって、前者であるうちは、まるでサイズの合わない他人の服を借りて着ている様な感じで、自分の物になっていない証拠なのか、と思いました。

 

言語化される事もなく、ただただ感じてしまう。
そんな瞬間に、新しい視点が出てくるのかもしれません。そんな事を感じた、秋の午前中でした。

 

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