旭化成のマンション問題と僕の個人的出来事

      2016/02/06

以前僕が電車に乗っていた時の事、

発車間際に、大声でわめき散らす女性の声が聞こえてきた。

位置的に姿は見えない、言葉も良く聞き取れない、

変な人がいると皆が怪訝そうな顔をしていた。

次の瞬間、走り出していた電車が緊急停止した。

その人はドアに挟まれてひきずられていたのだ。

僕の中では、ちょっと気のふれたおばさんの姿が思い浮かんでいた。

周りの多くの人もそうだったのではないかと思う。

でもそれが実際には助けを求める声だった。

その事に、僕はぞっとしてしまった。

僕を含め、彼女の声だけを聞いた人達の中では、

また変な人がいる、という意識が働いていた様に思う。

もしこれが、声だけで判断を迫られる様な、何か別の場面だったら、

結果は一体どうなっていたのだろうか。

また立場が逆だったとしたら、

危機的状況なのに、周りが全くそれを理解してくれず、

それどころか異常者の様な扱いを受けてしまったら。

こんなに怖い事はないと思う。

さらにそうした状況の時、周りのみんなは大抵普通の人達なのだろうと思う。

みな何も悪気はない。

誰が見ても明らかにやばい状況になれば、きっと助けにゆく様な人達だろう。

でもそうなるまでの間は、誰も動かない。

そんな現状維持バイアスや集団心理を、そこに感じてしまった。

そして僕は、その時の自分の心理も振り返ってみた。

気のふれた変な人がいる、確かにそう思った。

でもそれ以外の可能性、大丈夫か?と心配する様な気持ちが、

僕の中には確かにあった。

でも微妙に感じたその違和感の様な物を、僕は無視してしまっていた。

現状維持バイアスや集団心理、と振り返って考える事は出来ても、

その場でそれを意識するのはなかなか難しのかもしれない。

自分もその現状維持バイアスや集団心理を

構成している一人だったんだと思う出来事だった。

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本人がこれはやばい事になると感じとり、

危機的状況に陥る数秒前から叫んでも、

その時点ではまるで変質者扱い。

数秒たって本人が恐れていた事態に陥ってしまってから、

初めて気が付いてもらえる。

こうした事は、日常の中でも沢山あるのではないかと思う。

例えば会社組織であれば、これはほっとくとやばい事になるんじゃないか、

とみながうすうす気づいていても、

誰もその事を指摘しない。

そして恐れている事態になって初めて、皆で動き出す。

そして、こんな事になる前に何で誰も気付かなかったの!?となる。

などなど。

世の中の多くの不祥事は、内側にいる人達はみなうすうす気づいていた、

なんて事は沢山あるのだろうと思う。

このままじゃやばいんじゃない?と。

でもあの時の僕の様に、現状維持バイアスや集団心理の様な物が働き、

そのままにしてしまうのである。

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最近旭化成のマンションの傾斜、偽装の問題がテレビを賑わせている。

工期最終日に打った杭が支持層まで届いていなかったと。

めったにない偶然の出来事だったのだろうか。

1件の重大事故の背景には300件のインシデントが潜んでいる、

というハインリッヒの法則もある。

僕が内情を知る由もないので、全くの空想のお話にはなってしまうが、

関係者の人達は、前からうすうす危機感を感じたりは、していなかっただろうか。

でもそれを無視してしまっていた、なんて事はなかったのだろうか。

そんな事を考えると。あの電車の中での自分自身の事が、思い出されてしまった。

きっと本当は、世の中で起こる全ての出来事は、

こんな風に、他人事ではないのだろう。

でもそのほとんどに、気づかないまま過ごしているのかもしれないと思った。


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