ネットの嘘とテレビの嘘

      2016/02/06

東日本大震災が起きた時、原発事故が起きた時、

テレビやネットで錯綜する情報を見て、多くの人が感じたのではないでしょうか。

「何を信用していいのか分からない」

しかしこれは、普段見過ごしていた事が、

災害によって浮き彫りになったに過ぎません。

究極を言えば、本当に信用できるのは自分で実際に見て体験した事だけです。

それ以外の情報は全て、「自分の実体験以下」の信用度にならざるおえません。

それでも僕達は、信用度の落ちるネットやテレビに、情報を依存せざるおえない。

地震や原発事故を全て実体験する事などできない以上、

これはある程度仕方のない事です。

健康について考えた時、

人生について考えた時、

おいしい物を食べたい、旅行に行きたい、

そうした日常的な情報収集をする時。

災害時に限らず、あらゆる場面で、僕らは自分の実体験よりも信用度の落ちる、

「情報」と呼ばれる物で、物事を判断しています。

テレビで大病の前触れを紹介されればメモをとったり、

本で世間を騒がせている人の半生に触れてみたり、

テレビの食レポートで行くお店を決めてみたり。

僕らは毎日、信用度の落ちる「情報」に囲まれて、

それを元に判断をして生きています。

だからと言って、信用度が低い事を攻めてもはじまりません。

自分が体験していない出来事である以上、

どんな情報でも大なり小なり信用度は落ちているのです。

その信用度が落ちている情報と上手に付き合う事ができるかどうか、

それが僕らの人生の質を大きく左右するのです。

情報の信用度の低下は、主にタイプの違う2つの嘘によって引き起こされます。

一つ目の、語っている事は真実だが、一部を隠している消極的な嘘。

二つ目は、全部が作り話である様な積極的な嘘。

この両者の違いは、

現代の2大メディアであるテレビとネットの中に良く見てとれます。

例えば、脱サラで成功した社長を、テレビが特集した場合、

どうやって面白く見てもらうかが一番の課題になると思います。

苦労を重ねたけれど、奥さんの支えがあってここまでこれた。

というストーリーだった場合。

途中で旦那さんが浮気をしていた。

などと言う情報は入れる必要がありません。

視聴者の感動を削ぐ事が分かっていて、

わざわざそんな情報を入れる人はいないでしょう。

これがネットであった場合、

奥さんや旦那さんがブログやSNSをやっていて、

表に出てくる可能性もあります。

そのかわりネットの場合は、完全な嘘やデマも沢山存在する。

言っている事は真実だけれど、味つけされて一部しか見せてくれないテレビと、

テレビ以上の真実が語られているけれど、

それが山の様なデマの中に埋まっているネット。

タイプが違うだけでどちらも嘘を内包している事に変わりはないのです。

テレビは信用できるけどネットは信用できない。

コンビニは信用できるけど通販は信用できない。

口コミは信用できるけどマスコミは信用できない。

しかしこれらにはみな、大なり小なり嘘が内包されています。

一方を信用して一方は信用しない、という一面的な見方ではなく、

それぞれの嘘のタイプの違いを捉えて上手に付き合ってゆく事。

それが正しい情報収集につながっていくのです。


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