イライラとオドオドは仲間同士?

      2016/02/06

どうしても人の評価を気にしてしまう、

周りの目を気にして自分らしくいられない。

僕は自分自身にこういう傾向がある事を自覚しており、

それが強く出ている時は、自主性に欠け、意欲も落ちる為、

自分のあらゆる行動のクオリティーが大きく下がっていると思います。

そこで今回は、そうした人の顔色がやたらと気になっている時の心の動きを、

イライラとの対比から捉えながら、対処法を考えてみたいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イライラとオドオド、

一見真逆の反応に思われるかもしれませんが、

この2つには大きな類似点があります。

すぐにイライラしてしまう人、すぐにオドオドしてしまう人、

一見水と油の様に思われるかもしれませんが、

どちらも心の中ではほぼ同じ事が起きていて、

この2人は似たもの同士の側面もあるのです。

イライラする人とオドオドする人は、

お互いに、相手の中に自分の姿を見ているのではないか、

自分の欠点を相手の中に見ているのではないかと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人がイライラしている時、その人の意識は自分に向いています。

自分の常識、自分にとっての当たり前、

それが破られる時に人はイライラします。

知らない人が挨拶をしてこなくても、イライラする事はない。

でも職場などで挨拶してこない人がいるとイライラする。

これは前者では、挨拶しなくて当然だろう、

後者では、挨拶して当然だろう、とそれぞれ思っているからです。

その自分の当然が破られるからイライラする。

常に視線は「自分」の当然です。

そしてその自分の当然が侵される事を強く嫌っています、また恐れてもいます。

その為に強い攻撃の感情となり、「自分の当然」を守ろうとします。

イライラしている時には、自分を保身したいという感情が強く、

常に視線が自分を向いているのです。

これに対してオドオドしている時は、

「自分が」どう思われているか、

「自分が」どう評価されているかを気にしています。

どちらも自分自分で、一見相手の事(相手の顔色)ばかりを見ている様でいて、

実際には自分の事しか考えていません。

人の顔色ばかりが気になってしまう時は、

自分の評価が上がりそうな事を選んで行動しますし、

褒めてもらえそうな事、怒られなそうな事、を考えて行動してしまうでしょう。

どの場合も自分の事しか考えていないのです。

イライラしている時と同じ様に、

自分を保身したいという感情が強く、常に視線が自分を向いているのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

またイライラしている時というのは、

相手に対して視野狭窄を起こしています。

仕事は遅いかもしれないけれど、相手の気持ちを汲むのがすごく上手かもしれない、

でもイライラしている時はそうした別の側面をなかなか見る事ができません。

オドオドしている時も同じで、

独善的で短気な人だけれど、

間違った事に猛然と立ち向かう気概のある人かもしれない。

でもオドオドしている時に、相手の事をこんな風には見れません。

どちらの場合も、視野狭窄を起こして別の側面が見えなくなっているのです。

またイライラしている人もオドオドしている人も、

どちらの人も心に余裕がありません。

余裕がないから、自分の事しか考えられない、

余裕がないから、相手の違う一面を見る事ができない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ではイライラを落ち着けてくれる感情とは何でしょう。

それは相手への感謝です。

意識が相手を向いていなければ感謝はできませんし、

相手の良い側面を見ようとしなければ感謝はできません。

相手にありがとうと思えば、

イライラした気持ちが落ち着いてくる事は、

容易に想像できると思います。

そしてイライラとオドオドは仲間です。

同じ根っこから産まれてきます。

イライラに対して効果のある物は、オドオドにも効果があります。

相手に対する感謝の気持ち。

オドオドしている時にちょっとその気持ちを持つように心がけてみて下さい。

相手の別の側面に目を向け、視線が自分から相手に向くきっかけになるはずです。

自分ばかりを見ていた意識が相手に向けば、心にも余裕が生まれてきます。

そうしてちょっと気持ちが軽くなれば、

オドオドした気持ちもすっと薄れてゆくのではないでしょうか。


 - 日記