見えない階段

   

 

上を見て、あそこに行きたいなと思った時、

その目的地へ向けて登っていく為には階段や上り坂が必要です。

 

道がずっと平坦だったり、下り坂ばかりだったら、

登りたくても登れません。

 

どこを探しても階段が見当たらない。

これでは登り様がないでしょう。

 

登りたいと思って頑張っている人、

階段は、そんな人の前にだけ、現れたり見えたりするのかもしれません。

 

何かに挑戦して失敗したり、

出来ると思っていた事ができなかったり、

そうした失敗が、まさにこの階段なのだと思います。

 

失敗は成功の元、とは、

失敗する事で階段が出現する、という意味だと僕は思っています。

 

階段が出現する事で、ここを登ればいんだ、と

人はやっと認識する事ができるのだと思います。

 

失敗しない限りその階段は出現せず、

階段がなければ、それ以上登る事もできず、

どこからどう登ればいいのかも分かりません。

 

失敗は、ここを登れ、という道しるべでもあるのかもしれません。

 

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また、自分が失敗だと思う事以外にもう一つ、

階段を出現させる方法があります。

 

それは普段の暮らしの中にある階段に気付く事。

 

自分が失敗だ、と思った事以外にも、

当たり前すぎて気にもしていないだけで、

人は毎日沢山失敗しながら生きているはずなのです。

それが重大な結果を招かないから、意識していないだけなのではないでしょうか。

 

無駄にテレビを見て過ごしてしまう、目先の利益だけで物を買ってしまう、

暇になってスマホでゲームをしてしまう、

その小さな失敗の積み重ねが、今の人生の質を作っていたとしても、

その今の質の中で生きている限り、それが変化しないならば、

失敗と認識するのはなかなか難しい事なのではと思います。

 

人は何かとの比較、何かとの差、変化量、

主にそれを物差しとして、世界を見ていると思います。

そして多くの場合、「変化なし」「現状維持」は成功だと、

認識してしまうのだと思います。

 

もっと質の高い人生に触れて、差に気付く事、

自分がどんな人生を歩んでゆきたいのかを、意識しておく事、

そうした事で、日常に中に潜んでいた階段に、

気付く事ができるのだろうと思います。

 

そうして生きていく事ができれば、

普段の日常生活も、階段だらけなのかもしれません。

 

 


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