自分を律して生きるのは不自由なのか、いやむしろ逆でしょ

      2016/01/02

自分を律して生きる事。

一見不自由な、束縛された印象を受けるかもしれません、でも。これ本当は逆です。自分を律した生き方の方がずっと自由です。

だってみんな、普通に暮しているだけで、色んな物に拘束されて生きていませんか?どんなに眠くても会社に行かなければならない、満員電車に乗らなければならない、間違った指示にも従わなければならない。拘束と束縛が毎日沢山あると思います。しかもその多くはやらされている束縛で、自分の意志で束縛をかけたわけではないと思います。

人は日々の行動の中で、やらされている事が増えれば増える程、人生の質、満足度は確実に落ちていきます。そしてその落ちた分を娯楽で埋める(しかもその娯楽に使うお金は嫌々やった仕事から出す)

これって何か変だと思いませんか?、そして人生の満足度って本当はそんなやり方(娯楽)であげるもんじゃないと思うんです

さらには(こっちはより気付きにくいですが)その娯楽にすら、拘束も束縛も含まれています。甘いお菓子がやめられない、お酒を飲み過ぎるのがやめられない、毎回お腹一杯まで食べてしまう。みんなお菓子やお酒や食事に自分がコントロールされて束縛されていると思いませんか?

今日は甘い物を食べすぎてやる!そう思って食べすぎる訳ではないですよね?本当は甘い物をやめて、スリムで理想の体型になっている可能性だってめちゃくちゃあるはずなのに、自分の判断がお菓子で束縛されているせいでその可能性が奪われているのです。

自分を律するというのは、そうした自分の意志によらない束縛や拘束から、自分を自由にするという事です。お菓子をやめてスリムになろうと思ったらそうできる。お酒をやめて健康になろうと思ったらそうできる。これを自由と言わずしてなんというのでしょうか。本当の意味で自分を束縛しているのは自分自身なのです。そこから自由になれれば人間なんだってできそうな気がしませんか?

そして自分で起業してビジネスをやっていく、というのも、自分を律するの典型だと思います。それができれば自分の意志によらず出勤したり満員電車に乗ったりせずに済むわけですから。そのかわり、自分のすべき事をほったらかして昼まで寝ていたり、自分のパフォーマンスを落とす程飲み食いしている様ではダメな訳です。

次回はより身近な自分の律し方(=充実した人生への入り口)について書いてみたいと思います。

だいたいみんな二日酔いなのに出勤するとか、満員電車に乗るとか、こんな強烈な束縛に毎日の様に耐えているのに、自分で自分を律する事はできないなんて、ありえないんですよ。やり方とか努力の方向とかを間違わなければ絶対みんなできるはずなんですよ。

ではまた次回。

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