名言を知っても人生が変わらない理由

   

世の中色んな名言や成功哲学が溢れていますが、それで実際に人生が変わっていく事は結構まれな様に思います。なぜなんでしょう?

悟る

東洋哲学では、知識として知っている事と、実際に体験してそれを感じている事。この両者を明確に区別する為に、「悟る」という言葉を使ったそうです。

暴飲暴食は良くないと、頭で分かっている状態が前者で、暴飲暴食のせいで大病を患い、心底後悔した状態が「悟る」。という感じでしょうか。

「悟る」という状態になって初めて、その言葉を学んだ事になるのだそうです。

悟るように学ぶ

僕は学習というと暗記したりテストの解答が解けたりする事を無意識でイメージしていたのかもしれません。でも自分を向上させていく為に必要な学習はそういう物ではなく、「悟る」という学習方法なんだと気が付きました。

ではどうやって悟る様に学習するか。

大病を患うなどの、死ぬかも!的究極のピンチになれば、人は何かしら悟る(実感として学ぶ)でしょう。

でもそれは現実的ではないし、何より普通の生活の中のチャンスを取りこぼしている証拠です。究極のピンチになんてならなくても、日常の小さなピンチで人はコツコツ学んでゆける(悟ってゆける)はずです。

塞翁が馬

塞翁が馬という言葉があります。
自分が成功だと思っていた事が後々失敗の元になったり、失敗したお陰で逆にチャンスが巡ってきたり。何が吉と出て何が凶と出るか分からない。そんな感じの言葉です。

さっき僕の目の前で電車が発車してしまいました。もう10秒早ければ乗れました。しかもこの後全然電車が来ません。ちょっと悔しい思いをして、さっきまでの自分の行動を後悔しました。
でも、あ~そうだ、この時間を何かに活かせばいんだ、そう思って、次の電車までの待ち時間で、これを書き始めています。つまり電車に乗り遅れなければ、この記事は書かなかったかもしれない。

名言を体験する

この時僕は、電車に乗り遅れた、という日常の小さな失敗で、塞翁が馬、を実体験しました。
電車には乗り遅れましたが、そのお陰で記事を書き始められたわけで、逆に乗り遅れて良かったかもしれません。

この様に、日常の中で起こる失敗は全て、塞翁が馬、を実際に自分に体験させる為のチャンスなんです。そう考えると学べるチャンスは無限にある。

ほとんどの名言は単なる「心構え」みたいな物だから、何も特別な事をしなくても、自分の「心がけ」次第で名言は体験できる。今ある生活で十分なんですよね。

名言は体験する為にある物です。そして体験するとすごく刺激的で、生きるエネルギーを与えてくれる。
自分は覗き見た程度ですが、なんせ何百年何千年と受け継がれてきた言葉ですから、その世界が面白くないわけがない。その面白さはきっとスマホゲームの比じゃないですよ。

名言は自力で自分に体験させる物、そしてそれは日常生活の中でいくらでもできるんだ、それってすごく楽しい事なんだ、と気づく事。それが、「名言を知っても人生が変わらない」から抜け出す為の一歩だと思っています。

 


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