また重ね煮作った

   

フェイスブックの過去投稿(2016.11.10投稿)

重ね煮を作っていると、
外側にある不安や後悔がすーっと消えて、
世界が平穏な物に変わっていく。

食べ物を見て、それを見ている自分の心を見て。

心の波風が自然に消えてゆく。

だけど、普通料理をしてて、
そんな感じにはなかなかなれない。

精進料理の本とかで料理も瞑想って書いてあったけれど、なかなか実感しづらかった。

でもきっとそれは自分の世界観の中で料理をしてたから。

料理ってこんなものっていう無意識の定義付け、
それをみんな心の中に持っていて、
その範疇で料理をするから、
その外にある価値(新しい料理の可能性)には気付かない。そこに気付く為には、
飛び抜けた世界観で料理をしている人と、
一緒に同じ物を作って一緒に食べる。

それが一番なんだと思う。

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今回重ね煮を教えてくれたいのっち(井上 義浩

まな板に残った極小のシメジも拾って鍋にいれるんだよ、
出来上がった時に鍋肌やフタについた水滴も全部使おうとするんだよ、
分量も切り方も、じーっと観察して心のセンスで決めている。

料理中ずっと自分の心や、食材と対話してる感じ。

それを一緒にやる事で、
自分の無意識の方まで変化が起きて、
料理をしている時の心境が変わってく。

だからいのっち以外の人に教わったら、
重ね煮に今の様な意味付けは起きてないと思う。

いのっちの食材への猛烈な愛とか、

そういうのとセットで入ってくるから、
料理をしていてすごく穏やかな気持ちに変わっていける。

料理の技だけじゃなくて、
本当に素晴らしかったのはそっちの意識の変化だった。

そしてそんな変化を起こし起こされしながら料理が進むもんだから、
料理を通して2人ともがちょっと人が変わっちゃた様な気がするよ。

それくらい「料理」なんていう言葉の範疇を超えていた時間だった気がする。

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p.s
重ね煮今度は一人で作ってみた。
焦がすのビビって火加減弱くて1時間以上かかったけど(笑)とっても美味しくできた。

玉ねぎって上に向かって収束してから螺旋に渦まいてるんだよ(4枚目の写真)

宇宙全部に共通する力学みたいな物がここにもあるんだろうな~って、

そんな小さな発見に嬉しくなったりしながら作るから、料理の時間がすごく濃密。

今ここを存分に味わって楽しむって、
きっとこういう事なんだろう。

日常の奇跡や幸せに気付くって、
きっとこういう時間の事なんだろう。

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